新入社員育成・メンタルヘルス・職場安全強化と、広範囲でFFS理論を活用 ~10年以上にわたり、段階的に打ち手を進める
お話を伺った方:荒牧東一 様(人事労政本部安全衛生・防火推進部 メンタルヘルスチームシニアアドバイザー)
会社名:TOPPANホールディングス株式会社
業種:その他製造
従業員数:10,843 人
- 導入範囲:全社導入
- 導入対象人数:約7,000人(2024年5月時点)
- 導入時期:2011年~
- 導入前の課題
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- 新入社員とトレーナーの組み合わせを科学的におこないたい
- 主な取り組み
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- 個人分析からチーム編成まで全社導入
- 導入効果
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- FFS理論をベースに会話することで、メンタルヘルスへの有効性が可視化
【導入の背景】
「働きやすい会社」づくりに使われていると知って関心を持つ
―FFS理論に関心を持った背景を教えてください
荒牧さん 最初はごく個人的なきっかけでした。とある必要性があって他社事例を探していたのですが、その時に自社が「働きやすい会社」ランキング2位になっている記事を見つけました。ちなみに1位企業はどういう取り組みをしているのだろうかと見たら、FFS理論を使っているという話だったのです。それで興味を持ち、調べて公開講座に参加したのが最初でした。
―講座に参加してどうでしたか
荒牧さん もともと私自身が心理学に関心があり、アドラー心理学等を学んできていました。FFS理論はそれと非常に親和性があるというのが、最初の印象です。自分がこれまでベースとしてきた考え方に、FFS理論が肉付けされて、一回り大きなエンジンになったという感覚でした。
―そこからどう社内に持ってきたのでしょう
荒牧さん ぜひ活用したいと思いながら、最初はなかなか具体策が思い浮かびませんでした。そのような中、ある課長から次の世代の管理職を育てるためのよいテーマがないだろうかと相談されたのです。当社では課長同士の自主活動というのがありまして、その一環でした。ここでFFS理論が活用できないかと思い、課長層と主任層あたりに集まってもらって、ワークショップを開催したのが最初の活用方法です。
―反応はいかがでしたか
荒牧さん 自主活動で参加したメンバーということもあり、最初から新しいことには積極的でした。かつワークショップで納得できる部分がとても多かったらしく「これはいいね」「おもしろいね」という反応でした。その後、組織的な活用をするなら人事系の責任者にも理解してもらおうと思って、説明会を開きました。ただそこですんなりと全体での活用に進んだわけではありません。適性検査のように聞こえてしまった面もあったようで、一律の導入は保留となりました。
―それでも少しずつ活用が進んだと聞いたのですが
荒牧さん 説明会に参加していた人財開発センターのトップが興味を示してくれたのです。
「これいい、可能なところから入れよう」と言って、新入社員に対して使い始めることになりました。最初は新入社員本人と、ブラザー・シスター(現在の呼称は「トレーナー」)となる先輩社員。その後さらに拡大し、トレーナー・上司・本人という3者間で使うようになりました。
―共通の情報があることで、相互理解ができますね
荒牧さん トレーナーからは「迷った時に戻れる場所となった」という意見を多くもらっています。これまではなかなか迷いがあっても聞けなかったと思うのですが、そこをサポートする手段の1つとなりました。上司層は、新入社員だけではなくトレーナーに就く若手社員の個性も理解できたという点で、興味を高めてくれた感触です。
【拡大の経緯】
メンタルヘルスの健全さを高めていくために、全社での活用を提案
―現在は全社活用をされていると思います。どのように広げていったのでしょうか
荒牧さん 私自身が事業部側から本社側の人事労政部門に異動したというのがまず1つあります。さらにコロナ禍になって、オンラインワークショップが可能になったことはプラスに働きました。これまでは本社と関東近郊以外の人は、実は資料送付で終わっていました。オンラインになったので、一律で全対象者にワークショップができるようになったのです。その影響もあって「この診断を職場でもできないか」といった問い合わせがあがるようになってきました。
―事業部からの問い合わせということですか
荒牧さん そうですね。「新入社員に限らず使えるのではないか」「職場のチーム編成にも使えると聞いたが」といった問い合わせが出てきて、部署全体で使うというケースが出てきたのです。全員に受検してもらって、「チーム編成としてはこういうことが言えますよ」というサンプルをつくって共有したら、ローテーションの検討にも使えないかと話が発展しました。「入れ替えるとチームがこのようになる」「ストレスの高低を見ながらチーム異動の検討をすることもできる」といった実践的な使い方を、そこで一緒に試してみたのです。
―具体例があると理解が進みますね
荒牧さん 「新規推進ミッションのチームなのに、フットワークの軽い個性が入っていないね」といったことも見えて、チーム編成への活用に関心をもってもらいました。特に弁別性の高い人が多い部署は、論理的な説明を好む思考にFFS理論の明快さが合うようで、導入に積極的でしたね。
―そうやって活用する事業部が増えていったのでしょうか
荒牧さん 全社で使うようになったのは、また別の要因があります。私自身はメンタルヘルス系が主担当で、そこでウェルビーイングにつながるKPIを考えていました。ストレスチェックで現状は見えますが、それをどう改善していくかが大事です。睡眠や生活リズムのようなコンディション面に加えて、職業性ストレスの適正化をどう図っていくか。そこに関わるのがマネジャーとの対話で、FFS理論の活用が有効だということを社内で提案したのです。
―ストレスチェックをするだけではなく、よりよくしていく手段を考えたということですね
荒牧さん 結果的にその提案が通って、全社活用へのきっかけとなりました。これはごく最近のことです。積極的傾聴や褒めることがメンタルヘルスに効くと言われていますが、そもそも対話のアクションが起こらないと傾聴にも至りません。しかし個性の違いを理解しないアクションは、逆効果です。私自身はメンタルヘルス研修の講師もやっているのですが、改めてFFS理論をベースに対話すること自体が、メンタルヘルスにも有効だと感じています。最近は有資格者を社内にどんどん増やし、対話を扱うワークショップを順次展開しています。
## 【活用の工夫】起こり得る問題行動を背景から整理し、安全・健全な職場づくりに活かす
―メンタル不調者に関わるところでも活用しているのでしょうか
荒牧さん 職場復帰する時のプログラムで使い始めています。その時に、ある程度FFS理論の理解が深まると、「周りの人にぜひ私のことを理解してもらいたいので、因子を公開してください」と言ってくれる人が結構います。「今まで自分自身のことをそこまで説明できなかったから齟齬が出ていたのかもしれない。自分も余計なことで悩んでしまった可能性がある」と思うからでしょうね。受検レポートを上司に見せると、「なるほど」と納得してくれて「その人だけではない話だから、職場全体で相互の結果を活用したい」となったこともありました。
―個性が可視化されているので、伝えやすいですね
荒牧さん 本当は不調者が出る前に職場で活用できるとよいのですが、まだそこまで完璧にはできていません。ただ、ストレスの兆候を具体的なシーンとして洗い出して、マネジャーたちに共有しています。たとえば月に3回、当日の休暇申請があったら面談してくださいといった目安です。
―マネジャーにとっても対応しやすくなったでしょうね
荒牧さん マネジャーたちも、どの段階で動けばよいかがわからず困っていたと思います。具体的な目安を整理して伝えられたので、早めに動けるようになったかなと。正確なデータはとれていないのですが、こうした働きかけで回復率は上がっているという手ごたえはあります。
―個性によってストレス反応を起こす要因が異なると思うのですが、そうした具体的なサポートまで行っているのでしょうか
荒牧さん そこにもチャレンジしているところです。たとえば、「わかっていても本来の正しい手順とは違うことをやってしまう」ことがあります。その理由を因子ごとに書き出してみたのです。たとえば「完璧にしないといけないというプレッシャーを感じていた」という場合と、「何かしら他の影響を受けて感情面が先立った」場合とが、個性の違いによりあるだろうと。そうした場面別、個性別のストレス対応法を、資料化しています。
―非常に実践的ですね
荒牧さん これがクリアになると、指導法も違ってきます。何かの問題場面に対して、「単純にチェック回数を増やす」のではなく、「自分なりにどうセルフケアができるのか」「ラインケアとしてはどういうことをするか」と考えることで解決していく道があるのではないかと考えているところです。
―個性の違いと組み合わせた説明は、とても納得します
荒牧さん もともとアドラー心理学やコンディションの理論を学んでいたベースがあるので、それと組み合わせた解説資料もつくっています。たとえば、「凝縮性の高い人は、物事をあるべき姿に近づけようという行動原理がある」という解説、「だからこういう価値をチームにもたらす可能性が大いにある。
ただし、あるべき物差しが違っていたりすると、強くストレスを感じる」という個性説明、「過剰になると他の人の了解を得ずに突っ走ったり、自分の価値観を押し付けたりする行動も起き得る」という場面説明などをセットで示し、働きかける観点について、手引きしていけたらと考えています。
―わかりやすい資料ですね
荒牧さん どの個性の人であれ、高ストレス状態のままだと、本人も周りも損してしまうというのは伝えたいと思っています。セルフケア、相互ケアがもたらす価値をわかりやすく伝えるという点ですね。
【導入の効果】新入社員・トレーナー・上司での3者利用は有効施策として定着
―導入による変化や手ごたえ感はいかがでしょうか
荒牧さん ストレス面での具体的な数値変化は、これからだと思っています。ただ新入社員の育成における影響は、確実に手ごたえがあります。たとえば1年間の育成プランシートを上司とトレーナーがつくるのですが、きちんと対話したうえで新入社員本人に書かせたチームがありました。その内容が非常に具体的で計画性あるものだったのですね。これは保全性が高いという本人個性に沿って適切な声掛けをした結果であり、印象に残っています。
―メンタルヘルスにつながる観点でも手ごたえ感がおありでしょうか
―導入による変化や手ごたえ感はいかがでしょうか
荒牧さん ストレス面での具体的な数値変化は、これからだと思っています。ただ新入社員の育成における影響は、確実に手ごたえがあります。たとえば1年間の育成プランシートを上司とトレーナーがつくるのですが、きちんと対話したうえで新入社員本人に書かせたチームがありました。その内容が非常に具体的で計画性あるものだったのですね。これは保全性が高いという本人個性に沿って適切な声掛けをした結果であり、印象に残っています。
―メンタルヘルスにつながる観点でも手ごたえ感がおありでしょうか
荒牧さん まず、厚生労働省のストレスチェック[office1] 自体は5年連続で対象者の99%が受検している状況です。ここに並行してFFSによるストレス診断をうまく絡めていきたいと思います。ストレスチェックの浸透は各事業所、事務従事者のおかげなのですが、強引な受検の推進は絶対しないという前提で進めてきています。
FFSについても「受けると役立つ」「変なことには使われない」という信頼感を得ながら丁寧に推進していきたいと思います。不安は徹底的に払しょくし、メンタルヘルス絡みの施策に必ずつなげて届けることは、相当意識して積み重ねてきました。
―これまでの積み重ねのうえに、対話の手がかりとしてFFS理論が加わった感じですね
荒牧さん メンタルヘルスが大事であり、職場での相互理解や対話自体がよい方向につながっていくということは、徐々に浸透してきています。我々の部門としても、そうした姿勢を大事にして取り組んでいます。
【今後の展望】自分らしく、タフに生きられる人をさらに増やしていきたい
―今後はどのように活用していく予定でしょうか
荒牧さん 私は全社のメンタルヘルスが担当なので、この領域でよりうまく活用していこうとしています。一方でそれ以外に、採用や組織編成での活用可能性もまだあると思っています。ここは各事業部の担当者たちがFFS理論の有資格者となり、各部門にあった使い方を工夫し始めているところです。私自身は各事業部の有資格者の方を「焚きつけている」というところでしょうか。
―ご自身の領域で、具体的に考えられていることはありますか
荒牧さん 「心理的安全性」や「ハラスメント防止」といったキーワードに紐づけた、さらなる活用を考えています。もともと、個々人が自分らしくいることを良しとし、タフに生きられるようにしてあげたいというのが私の想いですので、その実現に向けてできることはどんどん工夫していきたいと思っています。