【講演レポート】JAXA宇宙飛行士候補者選抜の舞台裏に迫る
※内山氏
講演者:内山崇 氏
2008年に行われたJAXAの宇宙飛行士選抜試験でファイナリストに選ばれた経験を持ち、
JAXAでは宇宙船開発や運用に20年以上従事。「こうのとり」フライトディレクタ。
noteにて宇宙飛行士を目指す人たちを支援するコミュニティを運営している。
※本記事は、2025/9/4に開催されたFFSカンファレンス内講演を再編したものです
「総合人間力」が問われる宇宙飛行士への挑戦
16年前、私は宇宙飛行士選抜試験を受験し、ファイナリスト10名に残りました。つい先日帰還した大西飛行士や、今、国際宇宙ステーションに滞在している油井飛行士は、当時の受験同期の仲間です。
FFS理論とは、3年前の直近の宇宙飛行士選抜受験者向けコミュニティ活動の中で出会い、非常に衝撃を受けました。
今日は、宇宙飛行士選抜試験など宇宙にまつわる話を紹介しつつ、FFS理論について個人的に思っていることも話していけたらと思っています。
私は、小学生の頃、親に買ってもらった図鑑をきっかけに宇宙開発に興味を持ちました。ちょうどスペースシャトルの運航が華々しく始まった時代で、大人になる頃には誰もが宇宙に行けるような時代が来るだろうと思っていました。宇宙開発に携わりたい、宇宙に行ってみたいという思いを抱いて大学・大学院では航空宇宙工学を専攻し、IHIに入社しました。宇宙開発にも関わっている会社で、希望が叶って宇宙ステーションの仕事に携わることができました。その後、JAXA(宇宙航空研究開発機構)に転職という経歴になります。
ちょうど転職したタイミングで、10年ぶりに宇宙飛行士の選抜試験が実施されるというニュースが飛び込んできました。「このチャンスを逃す手はない」と、挑戦することにしました。結果的に最終選考まで残り、「宇宙飛行士という夢に指の先まで触れた」ものの、落選してしまう経験をしました。
宇宙飛行士選抜は5段階に分かれていて、前半のスクリーニング試験を終え一次試験に到達するまでに、応募者の5%ほどに絞られてしまいます。その後は一人にかける試験時間を長くして、段階的に試験が続きます。試験内容は本当に多様で、たとえば宇宙ステーションを模擬した閉鎖環境に1週間閉じ込められて、朝から晩まで分刻みの課題が課されるという試験もありました。個人に課せられる課題、チームで取り組む課題とあり、24時間カメラで監視され生活している様子のすべてが評価対象でした。こうした、心理的にも身体的にもプレッシャーが高い状況で、安定したパフォーマンスを発揮できるかが試される試験でした。
評価にあたっては数値化できない能力要素が大いに関わってきます。そのため、複数人で構成される評価委員だけでなく、家族や同僚、また受験生同士からの評価も取り入れることで、客観性を高める評価がされているようです。当時、この選抜プロセスに密着していたNHKの方が、「総合人間力を測る試験だ」と評していましたが、まさにその通りだったと思います。
宇宙船「こうのとり」の輸送ミッションをチームワークで成功
最終的に合格は叶いませんでしたが、後悔したことはありません。挑戦して本当に良かったと思っています。振り返ると、この経験から得られたものは、大きく2つあります。
“宇宙飛行士レベル“はどのくらいなのか、どこにも規定されていません。どうやったら宇宙飛行士候補者の資質があるとして認められるのか、その基準がわからない。なので、まず自分が目指す宇宙飛行士像を掲げ、そこに近づくために取り組むべきことを日々考え抜くということをしていました。宇宙飛行士の理想像という絶対値に追いつくには、常に自分を磨かないといけない、自分の不足を克服し強化するために何が必要かを追い求める思考が身に着いたのは、この時のおかげです。非常に貴重な経験だった思います。
もう1つは、同じ志を持つ仲間と出会えたことです。宇宙飛行士を目指すのは、冒険心や好奇心が強くて、少し向こう見ずなところもある“変わった”人が多い気がします。様々な分野で活躍されている人も多く、いつも刺激を与え合う良い関係性が築けています。受験してから10数年経つ今も付き合いが続いており、かけがえのない一生の財産を得られました。
その後私は、宇宙ステーション補給機「こうのとり」ミッションに長く携わりました。宇宙ステーションまで物資を輸送する無人宇宙船で、筑波宇宙センターにある管制室から遠隔でオペレーションを行います。有人宇宙基地である宇宙ステーションに接近するときには、絶対にぶつけてしまうようなことがあってはいけません。もともと宇宙船の技術は有人技術をもった国々が先行していて、日本は経験がありませんでした。最初にNASAに提案しにいったときには、日本には無理だといわんばかりの門前払い状態でした。それでもできることを示すために検討を続け、オールジャパン体制で開発を進めてきたプロジェクトです。私は、地上管制の指揮をとるフライトディレクタを務めました。
運用管制チームは80名ほどで構成され、24時間3シフト制で飛行(ランデブ)している1週間程度、管制室に詰めることになります。宇宙機は打ち上げてしまうと、戻して修理することができないので、遠隔で発生することすべてに対処しなければいけません。時速28,000kmで進む宇宙機、時間的余裕のない中で対処をし尽くさなければならないシーンも多くあります。そのため、非常に厳しい100回以上に及ぶシミュレーション訓練を重ね、万端の準備をしました。訓練内容は、NASAがこれまで積み重ねてきたノウハウを学ぶ面も強く、そのスパルタ訓練でチームワークはかなり鍛えられました。
「こうのとり」は、全9回の補給ミッションを行い、すべてを成功させました。想定外を事前にどれだけ考えて想定内にしておけるか、それでも起きてしまう想定外に対しどれだけ対応できるか、これを極限まで鍛えたことは、成功を続けてこれたことの大きな要因だったと思っています。
チームで仕事をする時に大事なこと
こうした経験から、チームで仕事をするうえで重要となるポイントであると私なりに考えていることをお伝えします。
まず、重要と考えているのは、共通のゴールを持つことです。「こうのとり」運用の事前訓練では、宇宙ステーションを管轄するNASA側とやり合うことが多くあります。また、1秒を争う対処を行っていく中でのチーム内の衝突も起こりがちです。そういった時に、「このミッションを成功させる」という共通のゴールを共有していれば、どんなに揉めたとしても、揉めたことがより良い形となって、最終的に同じ方向に向かうことができます。
もう1つ、修羅場体験の共有、そのことがチームの結束を高めます。「こうのとり」運用の事前のシミュレーション訓練では、尋常ではない数の不具合を次々に投入されることもあり、その対処の遅れから、NASA側からダメ出しをくらう経験も数多くありました。かなり大変でしたが、そういった経験を通して精神的、心理的にも強くなりましたし、苦楽を共にしたことでチームの結束にもつながりました。
FFS理論を知ったのは「こうのとり」ミッションのずっと後の話になるのですが、ワークショップに参加し、チーム課題に取り組んだ時に、チーム活動における自分の行動・思考特性の傾向や実際に思っていたことをずばり言い当てられて、非常に驚きました。私自身は弁別性が高く、凝縮性と拡散性がそれに続くという特性で、中でも弁別性の強さが際立っているのですが、実際、弁別性の人が陥りやすいケースはどれも自分に当てはまり、「確かにそうだ」「だからこういうネガティブな状態に陥りがちだったのか」と腹落ち感がすごくありました。
人間の思考特性はとても複雑かつ多種多様なので、診断ツールで簡単に測定することはできないだろうと思っていたのですが、FFS理論は膨大な統計がベースになっており、「ストレス状態によって個性の出方が変わる」という考え方も実体験と照らして非常に納得できるものだったので、これは人生全般において使えるものだと思いました。人を“こういう人だ“と決めつけるようなものではありませんが、「こういう個性の人には、こう関わると関係がうまくいく」という視点を持てるようになりました。
FFS理論を使うと個性をよりよく発揮できる可能性
仮説ですが、宇宙飛行士に求められる「総合人間力」は、いわゆるIQ(知能指数)とEQ(感情的な知性、心の知能指数)の両方をいかにマネジメントできるか、それを他者との関わり合いのなかで発揮できるか、そういった力が問われるものなのではないかと思っています。そして、こうした能力は宇宙飛行士のみならず、社会のあらゆるシーンで求められるものだと考えています。
FFS理論は、そういった「総合人間力」を磨くうえでも活用できるのではないか、と考えています。FFS理論を使うと、考え方や行動が個性によって異なることを認識でき、さらにストレス状態を見て、今どのようにその個性が発揮されているか、理解することができます。つまり、自分の状態や相手の状態、チームの状態を客観的に見ながら、チーム全体のパフォーマンスを向上させるには何が必要かを具体的に考えることができる力につながるわけです。これを日々実践する中で、自身の個性をよりよく発揮し、チーム員の個性も最大限引き出し、チームパフォーマンスをコントロールできるようになっていくのではないかと考えています。
現在、私はHTV-Xという新型宇宙ステーション補給機の開発に携わっています。10月21日に種子島から、H3ロケットに乗って打ちあがる予定(※)です。この補給機は、国際宇宙ステーションに物資を送るだけではなく、月ステーションへの物資輸送ということも見据えて開発されました。これもオールジャパン体制で開発が進められており、高度な技術が多数詰め込まれています。この打ち上げに向けて、開発過程ではさまざまなメーカーの方たちと共に進めてきましたし、フライトに向けては地上からの遠隔操作を担うチームで訓練を積んできました。
(※)悪天候による打上げ延期により10/26に打ち上げられ、10/30にISSへ到着、ミッションは順調に進行中。
宇宙開発に限らずですが、今の仕事は何のために取り組んでいるかということを真に理解することが大事だと思います。各自が自分の役割に閉じてしまい、皆が懸命に取り組んでいるにもかかわらず、結果として全体の生産性が下がってしまうことも珍しくありません。
宇宙飛行士選抜試験のなかで、どのようなストレス下においても、そしてそのとき自分がどういった役回りであっても、打開策を巧みに提示し、チームが回り始めたらすっと引くような目立たない形での絶妙なフォロワーシップを発揮する方がいて、とても印象的でした。自分の強みをきちんとコントロールして、その時々で最適な貢献をしながら、チームパフォーマンスを第一にチームの一員として前に進めていく。自分自身をしっかりと理解し、共通のゴールを持ちながらそれぞれの個性が存分に発揮されているチームは強いと思います。
最後に、私が宇宙飛行士の選抜試験の経験や葛藤をもとにして書いた書籍を紹介させてください。『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』(SB新書)というタイトルです。興味を持たれた方がいれば、手に取っていただけたらうれしいです。
ご清聴ありがとうございました。
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